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東京地方裁判所 平成元年(ワ)6195号 判決 1990年7月24日

原告

本郷ハイツ管理組合

右代表者理事長

萩原利右衛門

右訴訟代理人弁護士

美村貞夫

土橋頼光

美村貞直

被告

有限会社カネショウ

右代表者取締役

金谷正次

右訴訟代理人弁護士

田中康友

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、九三万七一四四円及びこれに対する平成二年一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  別紙物件目録一記載の建物並びに別紙物件目録二記載の土地及びその付属施設につき、平成元年一二月二一日以降、被告が原告に対して支払うべき管理費が月額七万三一三〇円、修繕積立金が月額三万〇三六〇円であることを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六〇年三月二四日の設立総会において、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)三条に基づいて設立され、別紙物件目録一記載の建物並びに別紙物件目録二記載の土地及びその付属施設(以下、この三者を合わせて「本件建物等」という。)の管理及び使用に関する業務を行っている。

原告は、その意思決定につき多数決の原則に拠っており、構成員が変更しても団体が存続し、代表の方法、総会運営、財産管理等団体としての主要事項も確定しているから、法人格なき社団である。

2  被告は、別紙物件目録三記載の建物を所有する者であり、原告の規約(以下「本件組合規約」という。)四条及び一一条により昭和六三年一月二一日から原告の組合員となった。

3  本件組合規約一三条は、「1組合員は、敷地及び共有部分等の管理に要する費用を負担しなければならない。2前項の費用の負担については、法人組合員と個人組合員の負担との差を設けることが出来る。3第1項の額並びに前項の差及びその割合については、総会の決議による。」と定めている。したがって、原告は、本件建物等を維持、管理するために、各組合員から、総会の決議に従った管理費及び修繕積立金(以下「管理費等」という。)を徴収することができる。

4  原告は、昭和六〇年三月二四日の設立総会において、管理費等の徴収について以下のとおり決議した。

(一) 徴収額は所有名義により法人組合員と個人組合員を区別する。

(二) 法人組合員について、

管理費 一か月坪当り二二四〇円

修繕積立金 管理費の三〇パーセント

支払期日 翌月分を毎月末日までに支払う。

5  第4項の決議に基づいて計算した場合、被告が毎月支払うべき管理費は七万三一三〇円、修繕積立金は二万一九三〇円である。

6  原告は、平成元年五月二八日の定例総会において、修繕積立金の増額等について以下のとおり決議した。

(一) 所有名義により法人組合員と個人組合員を区別することは、従前のとおり。

(二) 法人組合員について、

修繕積立金 平成元年七月分より一か月坪当り九三〇円

7  第6項の決議に基づいて計算した場合、平成元年七月分より被告が毎月支払うべき修繕積立金は三万〇三六〇円である。

8  被告は法人組合員と個人組合員とを区別することを争って、個人組合員の例に従った管理費等しか支払わない。第3及び第6項の決議に基づいて計算した場合、平成元年一二月三一日までに被告が原告に対して支払うべき管理費等の総額と、同日までに被告が原告に対して支払済みの管理費等の総額との差額は九三万七一四四円である。

9  よって、被告は、原告に対し、本件組合規約及び前記各決議に基づき、管理費等の残金九三万七一四四円及びこれに対する弁済期後であって、訴状送達の日よりも後である平成二年一月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、平成元年一二月二一日以降、本件建物等につき、被告が原告に対して支払うべき管理費が月額七万三一三〇円であること及び修繕積立金が月額三万〇三六〇円であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が本件建物等の管理及び使用に関する業務を行っていることは認め、その余は不知。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実は認める。ただし、昭和六三年五月二八日の総会における規約改定前には、一三条二項に相当する規定はなかった。

4  請求原因4の事実のうち、支払期日については原告主張の内容の決議があったことは認め、その余は否認する。

5  請求原因5ないし8の事実は認める。

三  抗弁

請求原因4の決議に従って計算した場合に、法人組合員と個人組合員が負担すべき管理費等はそれぞれ坪当り二九一二円と一六九〇円であり、その差額は一二二二円、格差は1.723対一である。請求原因6の決議に従って計算した場合に、法人組合員と個人組合員が負担すべき管理費等はそれぞれ坪当り三一七〇円と一九二〇円であり、その差額は一二五〇円、格差は1.651対一である。これらの決議の内容は法人組合員と個人組合員の間に合理的な限度を超えた差異を設ける不平等なものであり、これらの決議はいずれも区分所有法の趣旨及び公序良俗に反し、無効である。

四  抗弁に対する認否

事実は認めるが、法人組合員と個人組合員がそれぞれ負担すべき管理費等に差異を設けている決議が無効であるとの主張は争う。

第三  証拠<略>

理由

一請求原因について

1  請求原因1(法人格なき社団)の事実のうち、原告が本件建物等の管理及び使用に関する業務を行っていることは、当事者間に争いがない。

<証拠略>並びに弁論の全趣旨を総合すれば、請求原因1のその余の事実も認めるに十分であり、原告は、法人格なき社団であることが認められる。

2  請求原因2(組合加入)の事実は、当事者間に争いがない。

3  請求原因3(規約)の事実のうち、昭和六三年五月二八日以降における分は、当事者間に争いがない。そこで、請求原因3のうち昭和六三年五月二八日の規約改正前及び同4(創立時の金額)について検討するに、証人宮田勝之は、原告が設立される以前の訴外道友産業株式会社によって管理が行われていたころから、徴収額は所有名義により法人組合員と個人組合員とで差異が設けられており、昭和六〇年三月二四日に開催された設立総会において、管理費等の徴収について従前どおりに行う旨の決議がなされた旨供述する。

しかし、<証拠略>並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六〇年三月二四日に開催された設立総会において、使用細則(<書証番号略>)を承認したが、その二条(11)項において「各共有者はその持分に応じて建物共有部分及び土地の通常の管理費を負担する。」等と定められていること、設立総会開催通知書(<書証番号略>)には、議案として、規約案承認や使用細則の承認の件は記載されているが、個人組合員と法人組合員とで差異を設ける点に関する議案は記載されていないことが認められる。

以上の点に、区分所有法の原則が持分に応じての平等の負担ということにあるのに対し、設立総会で定められた本件組合規約は、右原則を変更する旨の明文の規定を欠いていること、前記供述もあいまいであって、証拠上、決議の具体的内容さえ必ずしも明確でないことをも考え合わせると、昭和六三年五月二八日以前の段階における請求原因3及び同4は認めるに足りず、少なくとも手続上は、法人組合員につき、持分に応じない管理費等を徴収するのは違法といわざるを得ない。同日以降については、<証拠略>及び弁論の全趣旨を総合すれば、請求原因4の事実を認めることができる。

4  請求原因6(変更後の金額)及び7(計算関係)については、当事者間に争いがない。

二抗弁について

1  そこで、被告主張の抗弁について判断するに、各組合員が負担すべき管理費等につき、その所有名義が法人か個人かによって、被告主張のとおりの差異があることは、当事者間で争いがない。

2  区分所有法一九条は、持分に応じて管理費を徴収することの例外を規約で定めることを認めており、管理費等の徴収額につき所有名義により法人組合員と個人組合員とで差異を設けること自体が直ちに同法に反するとまではいえない。

3  しかし、管理組合は全員加入である上、規約あるいは決議も、各区分所有者の専有部分の床面積の割合による多数決によって決定されるのであるから、管理費等につき少数者に不利な定めが設けられる虞がある。区分所有法も、直接管理費等について定めたものではないが、少数者の保護を図るために、規約の設定、変更等につき一定の制限を設けている(同法三条一項後段)。その趣旨は、区分所有者による建物等の自主的な管理を認めつつ、それが一部の者に特に不利益な結果になることを防止しようとした点にあると考えられる。さらに、区分所有法一九条の趣旨や、元来建物の利用は持分に応じてなされていること等も考えると、同法は、管理費等の額につき法人組合員と個人組合員とで差異を設けることについては、その該当者の承諾を得ているなど特段の事情のない限り、その差異が合理的限度を超え、一部の区分所有者に対して特に不利益な結果をもたらすことまでは是認していないと考えるべきである。また、区分所有法を離れて考えてみても、かかる全員加入の非営利的な団体において、多数決で定められた負担金に差異を設ける規約、決議等は、目的又はその差別の方法が不合理であって、一部の者に特に不利益な結果をもたらすときは、私的な団体自治の範囲を超え、原則として民法九〇条の規定する公の秩序に反するものというべきである。

したがって、かかる合理的限度を超えた差別的取扱いを定めた規約及び決議は、区分所有法の趣旨及び民法九〇条の規定に違反し、無効となることがある。

4  かかる見地から本件を検討するに、本件では所有名義が法人か個人かという区別によって管理費等の徴収額に、修繕積立金の増額前で約1.72対一、修繕積立金の増額後で約1.65対一の差異が設けられており、このような差異が設けられた理由について、原告は、負担能力の差を挙げるほかあまり合理的な説明を加えていない。

しかしながら、法人の方が管理費等を経費として計理処理することができるので、税負担が軽いといえなくもないが、この点は、各税法は別途の理屈や、目的に従って課税の仕方を定めているのであるから、単に経費化できるという一事から税負担が小さいとはいいきれない(個人事業者も経費とすることがあり得るし、給与所得者は別途各種の控除がある。)。また、法人は通常営利を目的とし、収入も高いはずという点も、我が国に多い小規模法人を考えると必ずしもそうとは断言できない。しかも、いずれにせよ、負担力に応じるというのであれば、私的団体における差別目的としての合理性もさほど高くはない上、よりきめ細かな区分が必要なはずであり、名義上の個人と法人といった区分方法程度では、手段として不適切といわざるを得ない。したがって、このような区分方法では、前記のような大きな差異を課することは、不合理というべきである。

また、管理費等のうち修繕積立金以外については、持分に応じた負担以外の考え方としては、より直接的に、各区分所有者が建物の共有部分等を使用する程度又はこれによる収益の程度に応じて、それぞれが負担するという理念もあり得よう。しかし、法人であるが故に必ずしも常に個人よりも共有部分等を多く使用しているとまでいうことはできない。使用程度あるいはこれによる収益の程度は、その業種、業態によって大きく異なる上、<証拠略>によれば、組合員の中には個人の所有名義であるが、営業用に当該建物を利用している者もいることが認められる。実質的な利用状態を無視して、単に所有名義のみによって管理費等の徴収額に差異を設けることは、その手段において著しく不合理といわざるを得ない。したがって、前記の格差は、このような合理性の乏しい手段によるものとしては、不当に大き過ぎ、法人組合員に特には不利益な結果をもたらすものとして、是認できない。

このように検討してみると、平成元年五月二八日の定時総会によりその差異が縮小し始めたことを考慮してもなお、現在程度の差異があり、かつ、被告が法人組合員であるが、当該建物を居住用に利用しているにすぎない者であり、この差異を承認しておらず、原告内部及び原告と被告間で、より合理的な管理費等の定め方等につき、十分な協議、検討が尽くされていない(<証拠略>及び弁論の全趣旨)本件では、本件組合規約及び金額の決議は、管理費等の徴収について、法人組合員につき差別的取扱いを定めた限度で、区分所有法の趣旨及び民法九〇条の規定に違反し、無効というべきである。原告は、従前の経緯や、他の法人組合員の態度や法人組合員に大口の管理費等を納入してもらわねば、管理組合を維持できないなどとも主張するが、これらは結論を左右しない。

三以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の主張はいずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴方八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官菅野博之)

別紙<省略>

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